
この catsanddogs.tokyo では、「棚のCD」という連載で、昔から手元に残してきた音楽の話を書いてきました。今日からもう一つ、別の連載をはじめます。今度は、私が自分で作っているものの話です。
STIL.(スチルドット) という iPhone アプリを、私はひとりで作っています。動画のなかから、写真として成立する一枚を取り出すためのアプリです。この連載では、それをどう作ってきたか、なぜ作ったのかを、舞台裏ごと書いていきます。名前は「現像ノート」。ポケットの iPhone を小さな現像室に見立てて、そこでの手仕事を、一枚ずつ書きとめていきます。
一枚目は、いちばん最初の話 ── なぜこれを作ったのか、から。
撮り逃した一瞬は、まだ動画のなかにいる
私はカメラが好きです。ミラーレスも、チェキも、フィルムの色も。家族や、なんでもない時間を、気づけばよく撮っています。
ただ、写真を撮っていると、いつも同じ悔しさにぶつかります。いちばんいい表情は、たいていシャッターの合間に逃げていく。子どもが笑った瞬間、振り向いた一瞬、風が抜けた一拍。「いま撮れていたら」と思ったときには、もう次の表情になっています。
あるとき、当たり前のことに気づきました。動画で撮っていたなら、その一瞬はまだそこに残っている。一秒のあいだに、何十枚もの「写真」が並んでいるのに、私たちはそこから一枚も取り出さずに、動画のまま眠らせている。だったら、その一枚を取り出せばいい。
撮り逃したと思っていた瞬間は、撮り逃していなかった。ただ、取り出していなかっただけでした。
だから、自分のために作りました
STIL. は、その「取り出す」を、できるだけ気持ちよくやるためのアプリです。一言でいえば、こうなります。
動画撮影が、写真撮影になる。

動画を渡すと、Apple の Vision Framework と独自のスコアリングで、ブレの少なさ・顔の写り・構図の見どころを手がかりに、写真として成立しそうなフレームを選び出します。目を閉じた瞬間は避けて、ちゃんと「一枚」として通用するコマを拾う。選んだあとは、Kodak や Fujifilm のような実在のフィルムを思わせる色を、書き出しのときに重ねられます。
派手な仕掛けではありません。けれど、自分がいちばん欲しかった道具でした。「これがあったらいいのに」を、誰かが作ってくれるのを待つより、自分で作ってみる。STIL. は、そうやって始まりました。
すべて、この iPhone の中で
もう一つ、最初に書いておきたいことがあります。STIL. は、動画も写真も、外に送りません。フレームを選ぶのも、色を重ねるのも、補正するのも、すべてあなたの iPhone の中だけで完結します。サーバーにアップロードしないし、アカウント登録もありません。
なぜそこにこだわったのかは、それ自体で一本書けるくらいの話なので、近いうちに改めて書きます。今日のところは、「あなたの素材は、外に出ません」とだけ。私が STIL. でいちばん曲げたくなかったのは、たぶんここです。
これから書いていくこと
この連載では、こんな話を順番に取り出していくつもりです。
- データを預からないと決めた話(会員登録そのものを、なくしました)
- iPhone が「どのフレームが良いか」をどう判断しているのか
- フィルムの色は、私の偏愛でできているという話
- App Store に 3 回落ちて、4 回目で通るまでの記録
- 仕事のかたわら、ひとりで全部やるということ
作り手の正直な舞台裏を、誇張なしで書いていきます。棚のCD が「持っていた音楽を見つめ直す」連載なら、こちらは「自分の手で作っているものを、ひとつずつ言葉にする」連載です。
はじめます
ポケットのなかには、もう小さな現像室があります。撮り逃したと思った一瞬を、そこで一枚、取り出してみる。次回は、その現像室から、まず「プライバシー」の話を取り出します。
STIL. は App Store で公開しています。アプリのことは stil.photo に、本体は App Store に置いてあります。よければ、あなたの動画でも一枚、取り出してみてください。