Cats and Dogs

現像ノートSeason 1STIL.第 4 話 / 全 7 話

現像ノート

データを、預からないと決めた ── 会員登録そのものを、なくした話

STIL. には、会員登録がありません。メールアドレスも、パスワードも聞きません。便利だからではなく、「あなたの素材を預からない」と決めたからです。アカウントを捨てると何が起きるのか、それでもアプリはどう成り立つのか ── 連載「現像ノート」、2 枚目はプライバシーの話を。

データを、預からないと決めた ── 会員登録そのものを、なくした話

前回、「あなたの素材は、外に出ません」と書きました。今日はその続きです。なぜそこにこだわったのか、そのために何を捨てたのか。

結論から書くと、STIL. には 会員登録がありません。メールアドレスも、パスワードも、聞きません。最初からそうだったわけではなく、リリースの直後に、アカウントという仕組みそのものを、なくしました

アカウントを持つと、データを預かることになる

開発の途中まで、STIL. にも普通の会員登録がありました。メールでアカウントを作り、ログインして使う ── よくある形です。

でも、作りながら、だんだん気持ちが悪くなってきました。STIL. は「動画も写真も、端末の外に出さない」ことを核にしたアプリです。なのに、入り口でメールアドレスを集めている。素材は預からないと言いながら、個人情報は預かっている。ここが、どうしても噛み合いませんでした。

メールアドレスは立派な個人情報です。集めれば、守る責任が生まれます。漏らさない、悪用しない、求められたら消す。その責任を負うこと自体は当然としても、そもそも持たなければ、守るものもない。いちばん安全なデータは、最初から持っていないデータです。

なくしても、アプリは壊れなかった

問題は、「アカウントを消したら機能が壊れないか」でした。調べていくと、主要な機能は、独自アカウントがなくても全部成り立つと分かりました。

  • Pro の課金は、StoreKit 2 が Apple ID に紐づけてくれます。私が会員情報を持つ必要はありません。
  • デバイス間の同期は、CloudKit が使えます。あなた自身の iCloud の中で同期するので、私のサーバーは要りません。
  • AI の処理は、もともと全部オンデバイスです。サーバーも、ユーザーを見分ける識別子も要りません。

つまり、私が真ん中で個人情報を握る理由が、どこにもなかった。だったら、握らないほうがいい。リリース直後、まだ一般のユーザーが一人もいないうちに、会員登録を取り払いました。ユーザーがついてから消すと、「アカウントを削除してください」「データを移します」という手間が生まれます。なくすなら、今しかありませんでした。

「データを収集しません」という一行

会員登録をなくした結果、App Store のプライバシー表示が 「データを収集しません」 になりました。

これは、ストアに並んだときの、静かな証明書です。派手なコピーよりも、この一行のほうが、私が STIL. で言いたいことをよく表していると思っています。あなたの素材は、外に出ません。あなたのことも、私は知りません。それでいい。それがいい。

数えるのを、やめた

ついでに、もう一つの決断もここから生まれました。STIL. の AI 機能は、回数制限なしで、全部無料です。

クラウドで AI を動かすと、使われるたびにサーバー代がかかります。だから普通は「無料は月◯回まで」と回数を数えます。でも STIL. の AI は端末の中で動くので、何回使われても私のコストはゼロです。コストがかからないものを、なぜ数えるのか。数える理由がないなら、数えるのをやめればいい。

そう考えたら、課金の考え方も変わりました。「AI を使うためにお金をもらう」のではなく、「作った一枚を、作品として持ち出すための機能」に Pro を置く ── という話は、また別の回で。

預からない、という設計

プライバシーは、コピーで言うだけなら簡単です。でも本当に守るなら、そう言わなくても済むように、設計のほうを変えるしかありません。集めない。預からない。持たない。STIL. は、そこから逆算して作りました。

次は、もう少し肩の力を抜いた話をします。STIL. に入っているフィルムの色が、実は私の偏愛そのものだ、という話を。

STIL. のことは stil.photo、本体は App Store に置いてあります。

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