
The Verve のフロントマン、リチャード・アシュクロフト(Richard Ashcroft) の初ソロアルバム。 『Alone with Everybody』(2000 年)。
棚の CD シリーズ、第 6 回はこの一枚です。
カリスマ的バンドボーカルは、リアムよりも彼でした
「カリスマ的なバンドボーカル」と聞いて、誰の名前を思い浮かべるでしょうか。
多くの人は、Oasis のリアム・ギャラガー を挙げるかもしれません。私もリアムは好きですが、「カリスマ」という言葉を使うとき、頭の中で先に立つのはリチャード・アシュクロフトの方でした。
ここで言うカリスマは、歌の上手さと、作曲のセンス の話です。 立ち姿の派手さや、メディアでの振る舞いの話ではありません。
アシュクロフトの声には、不思議な厚みがあります。 英語の歌詞を全部追えているわけでもないのに、聴いていると、自然と涙が出てくる瞬間がある。どんな経験をすれば、声にこんな厚みが出るのか ── そう思いながら、何度も聴き返してきました。
専門学校時代に、The Verve を知りました
The Verve を知ったのは、音楽の専門学校に通っていた頃 でした。
棚の CD シリーズの第 0 回 で書いたように、18 歳で上京した私は、専門学校の友人たちと一緒に CD を集めることに夢中になっていました。HMV で輸入盤を抱えて帰り、渋谷の TSUTAYA で借りた CD を MacBook に取り込む。そういう毎日の中で、The Verve も棚に並んでいきました。
The Verve は、1990 年代の UK ロックを語るときに必ず出てくるバンドの一つです。1997 年の 『Urban Hymns』 が世界的に売れて、収録曲の "Bitter Sweet Symphony" は、いまでも CM や映画で耳にします。
ただ、このバンドは メンバー間の衝突が多く、3 回も解散 を経験しています。 強い個が集まれば、ぶつかり合うのは避けられないのかもしれません。Stone Roses のイアン・ブラウンとジョン・スクワイアもそうでしたし、ギャラガー兄弟もそうでした。カリスマ性と、共同作業の難しさは、たぶんワンセットの話 なのだと思います。
そういうバンドのフロントマンが、2000 年に初めて単独名義で持ってきたのが、この『Alone with Everybody』です。
ソロという形について、少し
第 2 回 でジョン・スクワイアの初ソロ『Time Changes Everything』を取り上げたとき、私は彼を「フロントを誰かに任せて、自分の溢れる才能をその誰かに発信させるタイプ」だと書きました。
リチャード・アシュクロフトは、その反対側にいる人だと思っています。 彼はもともと 自分がフロントマン でした。バンドの真ん中に立って、自分の声で、自分のメロディを運ぶ人。
だから彼のソロは、ジョン・スクワイアのソロのような「初めて自分の声で歌います」という新鮮さとは、性質が違います。 もともと自分の声で立っていた人が、バンドという形を一度脇に置いて、ひとりでアルバムを作るとどうなるか。そういう試みとしての一枚です。
The Verve のあのバンド・サウンドの分厚さからは離れて、ストリングスやアコースティックギターを軸に、歌をまんなかに据えた音作りになっています。バンドが背中にいないぶん、声の輪郭がより近くに聞こえる。
仕事として、音楽のレビューを書いていた頃
少し時間が飛びますが、社会人になってから、音楽のレビューを書く仕事 をしていた時期がありました。
その仕事で、リチャード・アシュクロフトの 3 作目のソロ 『Keys to the World』(2006 年)の紹介を担当したことがあります。アルバム単位で文章を書くために、何度も何度も繰り返し聴いて、ライナーノーツを開いて、過去作にも遡って ── そういう時間を過ごしました。
好きなものを言葉にして書くという作業は、好きなものをより深く好きにします。 書くために改めて聴き直した彼の声は、学生の頃に聴いていた印象とは少し違うところで響いてきました。たぶん、自分の側がいくつか経験を重ねたからだと思います。
このブログを書いている動機も、たぶん根っこは同じです。 自分が好きだったものを、もう一度自分の言葉でなぞる。その繰り返しでしか辿り着けない場所がある気がしています。
5 曲目、You on My Mind in My Sleep
このアルバムで一番好きな曲は、5 曲目の "You on My Mind in My Sleep" です。
シングルカットされた曲ではありません。派手な展開もありません。 それでも、目をつぶって聴きたくなるような、静かで優しい曲です。
アシュクロフトの声は、こういう曲のなかでこそ、本当の質感を見せるように思います。声を張り上げる場面ではなく、抑えて運ぶ場面。技巧で押すのではなく、ただ自分の声で、ただメロディを置いていく場面。
私の場合、いつも涙が出るのはこの曲です。 歌詞の細部を全部追えているわけではないのに、何かを受け取ってしまう。声が、言葉の手前で何かを運んでくる という言い方が一番近い気がします。

同時代の UK ロックの棚として
このシリーズで取り上げてきた Travis、Stereophonics、Coldplay、そして The Verve は、ほぼ同じ時代の UK の景色の中で鳴っていたバンドたちです。
スタジアム級の規模感、内省的な歌詞、英国らしい湿度のあるサウンド。それぞれ立ち位置は違うのに、棚の中で並べてみると、不思議とどこかで繋がっています。 The Verve が、その中でいちばん危なっかしい立ち姿だったかもしれません。何度も解散して、何度か戻ってきて、また離れて。リチャード・アシュクロフトのソロという形も、そういう不安定さと切り離せない場所にある気がします。 ひとりで作ったアルバムに、『Alone with Everybody』という題。何の話なのか、タイトルが最初から知っていたようにも読めます。
棚の CD コレクションへ
棚の CD シリーズ、第 6 回はこの一枚でした。
リチャード・アシュクロフトがどんな経験をして、あの声を手に入れたのかは、いまもよく分かりません。たぶん、これからも分からないままだと思います。それでも、棚から取り出してプレーヤーに乗せると、毎回同じところで同じように涙が出る。それだけは、ずっと変わらずに残っています。
次に取り出す CD は、まだ決めていません。クローゼットを開けて、なんとなく目に止まった一枚を、また連れてきます。
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