Cats and Dogs

棚のCD第 9 話 / 全 11 話

棚のCD

Ash『Twilight of the Innocents』── 青春のレコーディングと、音楽がつないでくれた出会い

2009 年、二子玉川の狭いアパートで、仲間と缶詰になってレコーディングを手伝っていた頃。よく聴いていたのが、この一枚でした。少年の心を持ったバンドが、一転して大人びた表情を見せた名盤。そして、一冊のファッション誌から始まった、ある写真家との出会いの話も。いちばん好きな曲は、8 曲目の "Shadows"。

Ash『Twilight of the Innocents』── 青春のレコーディングと、音楽がつないでくれた出会い

Ash の 『Twilight of the Innocents』(2007 年)。

棚の CD シリーズ、第 8 回はこの一枚です。

このアルバムを思い出すと、音だけでなく、ある一皿の味と、一人の写真家の顔まで一緒に浮かんできます。

2009 年、二子玉川のアパートで

このアルバムを聴き込んでいたのは、2009 年 でした。

当時の私は、知り合いのバンド ── RUSSIA GROUP のレコーディングを手伝っていて、二子玉川の狭いアパートに仲間と缶詰になっていました。来る日も来る日も音と向き合う日々には、思い出の味があります。近所の パピー上野毛店のカレー&スパゲッティ。あれを食べては、また機材の前に戻っていく。そういう毎日でした。

RUSSIA GROUP の話は、それだけで一本書けてしまうので、また別の回に取っておきます。

その缶詰の部屋で、作業の合間によく流れていたのが、この『Twilight of the Innocents』でした。

men's FUDGE と、ある写真家のこと

その頃、私は men's FUDGE というファッション誌が好きで、よく眺めていました。

なかでも目を奪われたのが、誌面に載っていた イギリスの若者たちのスナップ写真。どれも空気が生きていて、ページをめくる手が止まる。撮っていたのが Mori Akemi さん という写真家だと知りました。

おもしろいのは、ここから先です。当時から私は この Cats and Dogs のブログ を書いていて、その写真について綴ったところ、なんと Mori Akemi さん本人から連絡をいただいたのです(その後は Facebook でやり取りするようになりました)。いまこうして文章を置いている、まさにこの場所が、出会いの入口でした。

やり取りのなかで、思いがけず「Ash の写真も撮っているよ」と教えてもらったのを覚えています。アーティストの活き活きとした表情を切り取る人で、どれも魅力的でした。

聞けば、写真の学校に行ったわけではなく、独学だったそうです。楽器は弾けないけれど、音楽と関わりたい ── その一心で、「ミュージシャンをモデルにするなら撮る」というポリシーを持っていました。憧れていたミュージシャンと対等に仕事ができる喜びを綴ってくれたのが、印象に残っています。

アーティストを支えるアーティストもいる。 そう感じた場面でした。

ロンドンに弟子入り、という夢

ちょうどその頃、私は 録音エンジニアとしてロンドンに弟子入りできないか と、本気で考えていました。

Mori Akemi さんには、そんな相談もさせてもらいました。留学するなら協力すると言ってくれたことを、今でも覚えています。結局その夢は実現しませんでしたが、振り返ればすべて、青春の良い思い出です。

音楽をやっていると、こんな出会いがあります。プレイヤーとして表に立つことだけが音楽との関わり方ではない ── そのことを、二子玉川の日々が静かに教えてくれました。

Twilight of the Innocents 裏ジャケット ── トラックリストと CD ディスク

肝心の、Ash の話

前置きが長くなりましたが、肝心の Ash の話を。

私にとって Ash は、少年の心を持った、みんなに愛されるバンド というイメージです。初めて買ったのは『Nu-Clear Sounds』(1998 年)でしたが、いちばん好きな曲を挙げるなら、ファーストアルバム『1977』に入っている "Oh Yeah"。Ash というと "Kung Fu" の印象が強い人や、シャーロット・ハザリーが在籍していた頃 が好きという人が多いかもしれません。

この『Twilight of the Innocents』は、そのシャーロットがバンドを去ったあと、再び 3 人編成に戻って作られた最初のアルバム です。それまでのエネルギッシュなイメージから一転して、大人びた一面 を感じさせる名盤になりました。バンドが一度立ち止まって、自分たちの足元を見つめ直したような一枚。メロディの良さが、これまで以上に際立っています。

聴き所 ── 8 曲目 "Shadows"

このアルバムでいちばん好きな曲は、8 曲目の "Shadows" です。

派手な曲ではありません。けれど、少年だったバンドが大人の影を知ったような、静かな陰影のある一曲で、何度も戻ってきてしまいます。

とはいえ、このアルバムは曲単位でつまむより、通して聴く のがいちばん似合います。少年の音が大人の音へ移っていく流れを、頭から終わりまで追ってみてください。

棚の CD コレクションへ

Ash『Twilight of the Innocents』を Amazon で見る

棚の CD シリーズ、第 8 回はこの一枚でした。

二子玉川の缶詰の部屋、パピーのカレー、men's FUDGE のページ、ロンドンへの夢。この一枚を棚から取り出すたびに、あの 2009 年の空気が、まとめて立ち上がってきます。音楽は、音だけでなく、その頃の自分ごと連れて帰ってくる。

次に取り出す CD は、まだ決めていません。クローゼットを開けて、なんとなく目に止まった一枚を、また連れてきます。

聴く