Cats and Dogs

棚のCD第 8 話 / 全 11 話

棚のCD

Beck『Morning Phase』── 新緑の峠道で聴く、命の芽吹きの一枚

目を閉じると、春の新緑と、命の芽吹き。このアルバムを聴くと、いつも箱根峠のドライブを思い出します。20 歳の夏に見たフジロックで一変した Beck の印象と、前作 Modern Guilt から 6 年を経て放たれた、もう一つのアコースティック。曲の紹介はしません。できれば、新緑の峠道で。

Beck『Morning Phase』── 新緑の峠道で聴く、命の芽吹きの一枚

Beck『Morning Phase』── 新緑の峠道で聴く、命の芽吹きの一枚

Beck の 『Morning Phase』(2014 年)。

棚の CD シリーズ、第 7 回はこの一枚です。

箱根峠と、この一枚

このアルバムを聴くと、いつも箱根峠のドライブを思い出します。 目を閉じると、春の新緑、命の芽吹き。そういう景色が、音のなかから立ち上がってくる一枚です。

今も箱根は好きで、よく週末に出かけます。けれどこのアルバムと箱根が結びついたのは、もっと前のことでした。妻とまだ結婚する前、付き合っていた頃。当時乗っていたプリウスに彼女を乗せて、このアルバムを流しながら、何度も峠道を上っていきました。

なかなか本題に辿り着きませんが、ついでに、箱根でよく行く温泉も紹介させてください。天山湯治郷です。湯に浸かりながら木々を眺めていると、Morning Phase の音とどこかで地続きになっている気がします。天山の話は、また別の記事で書きます。

第 0 回で書いたとおり、このシリーズは、アルバムそのものだけでなく、それを聴いていた季節や、隣に誰がいたか まで含めて振り返る試みです。Morning Phase は、私にとってまさにそういう一枚で、箱根の春と、助手席の人と、切り離せないところにあります。

10 代の頃から、Beck が好きでした

Beck は、10 代の頃からずっと好きでした。

最初に抱いた印象は、ボーイスカウトにいる青年が、自由奔放に音楽で遊んでいる ような感じ。バンドという単位に縛られていないからこそ、頭の中に浮かんだイメージを、そのまま音にして取り出してくる。アルバムごとにコンセプトがはっきりしていて、完成度の高い作品を次々と世に送り出してきた人です。

楽曲には実験的でアグレッシブなものが多いのですが、時折、ふっと力を抜いたように、アコースティックでスローテンポなアルバムを差し出してくる。Beck は、その 陰と陽 を上手く使い分けて、全体のバランスを取っているように感じます。

2005 年、フジロックで一変した

その印象が大きく変わったのが、2005 年のフジロック でした。Beck を初めて生で見たステージです。20 歳の夏のことでした。

強烈な衝撃を受けたセッションでした。途中、メンバー全員がディナーテーブルを囲んで腰を下ろし、食器を楽器にして演奏する という演出があって、これが圧巻だったのです。皿やグラスやカトラリーが、そのままリズムになっていく。遊び心と作り込みが同居した、Beck らしいとしか言いようのないステージでした。

一気にファンになった、と言い切れる瞬間でした。CD で聴いていた「自由奔放な青年」が、目の前で本当に自由にやっている。あの夜から、Beck は私のなかで特別な人になりました。

Sea Change の系譜、6 年ぶりの果実

Beck の「陰」の側、アコースティックでスローテンポな系譜を辿ると、必ず行き当たるのが 『Sea Change』(2002 年)です。私はあの静かな手触りが昔から大好きでした。

Morning Phase は、その Sea Change の 続編(companion piece) として作られた一枚だと、本人も語っています。前作 『Modern Guilt』(2008 年)から、実に 6 年。長い沈黙のあとに放たれた果実です。

ストリングスとアコースティックギターを基調に、急かさず、声を真ん中に据えた音作り。実験で攻めるときの Beck ではなく、深呼吸するように一音ずつ置いていく Beck が、ここにいます。

意外と、スルーされている名盤

正直に言うと、Beck を知っている人でも、このアルバムだけは 意外とスルーしている 印象があります。

おもしろいのは、Morning Phase が 第 57 回グラミー賞で最優秀アルバム賞(Album of the Year)を獲った 作品だということ。賞を獲ったわりに、熱心に聴かれている実感が薄い。たぶん、派手な一曲で掴むタイプのアルバムではないからだと思います。静かで、地味で、通して聴いて初めて像を結ぶ。だからこそ、棚から取り出して人に勧めたくなる一枚です。

Morning Phase 裏ジャケット ── 全 13 曲のトラックリストと CD ディスク

聴き所 ── まずは "Morning"、でも本当は通して

入口として一曲だけ挙げるなら、アルバム序盤の "Morning" でしょうか。朝の光がゆっくり差し込んでくるような曲です。

とはいえ、このアルバムは一曲ずつつまみ食いするより、通して聴き流す のがいちばん似合います。曲の細かな紹介はしません。できれば、新緑の峠道で。

そうだ、箱根いこう。

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棚の CD シリーズ、第 7 回はこの一枚でした。

実験で世界を引っ掻き回してきた人が、ときどき見せるこの静けさが、私はたまらなく好きです。命の芽吹きを感じたくなったら、また箱根に連れ出すと思います。

次に取り出す CD は、まだ決めていません。クローゼットを開けて、なんとなく目に止まった一枚を、また連れてきます。

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