
The Sundays の 『Reading, Writing and Arithmetic』(1990 年)。
棚の CD シリーズ、第 10 回はこの一枚です。
美しい歌声と、煌めくギター。針を落とした瞬間に、魅了されました。
出会いは、レビューを書いていた頃
この一枚に出会ったのは、二十歳前後 のことでした。ちょうど、音楽のレビューを書く仕事 をしていた頃です。その仕事のことは、リチャード・アシュクロフトの回 でも少し触れました。アルバム単位で文章を書くために、何度も繰り返し聴いて、ライナーノーツを開き、過去作まで遡る ── そういう時間の中に、The Sundays もいました。
正直に言うと、なぜこの一枚を手に取ったのかは、よく覚えていません。普通なら、私が手に取ることはなさそうなジャケットでした。モノクロで、化石のような巻貝がびっしりと並んだ絵。のちに買ったセカンドの『Blind』(1992 年)のジャケットは、もう少し気味が悪くて、そのあたりは姉妹のようでもあります。それでも、なぜか指が伸びた。聴き終える頃には、すっかり手放せない一枚になっていました。
夫婦が芯にいる、4 人のバンド
The Sundays は、ボーカルの ハリエット・ウィーラー とギターの デヴィッド・ガヴリン を芯にしたバンドです。二人はブリストル大学で出会い、1988 年にバンドを始めました。ロンドンに出てから、ベースの ポール・ブリンドリー、ドラムの パトリック・ハナン を加えた 4 人組。ウィーラーとガヴリンは、のちに夫婦になっています(1995 年)。
この『Reading, Writing and Arithmetic』は、彼らの デビュー作(1990 年)です。インディーのデビュー盤でありながら、UK チャートで 4 位 まで上がりました。いま聴いても、新人の一枚とは思えない佇まいです。
私がこのバンドに惹かれた理由は、はっきりしています。コーラスの効いた、瑞々しいギター。深いリバーブ。そして、透明感のある歌声。ガヴリンのギターは、ザ・スミスのジョニー・マーを思わせる煌めき方をしますが、もっと水彩画のように淡い。その上を、ウィーラーの声がすっと伸びていきます。線は細いのに、芯がある。何度聴いても、最初の数秒で部屋の空気が変わります。
女性ボーカルの海外アーティストの中で、私がいちばん聴いてきた愛すべきアルバムは、たぶんこの一枚です。

聴き所 ── 3 曲目「Can't Be Sure」
特に好きなのは、3 曲目の 「Can't Be Sure」 です。
この曲は、アルバムより一年早い 1989 年に出た、彼らの デビュー・シングル でした。チャートでは 45 位どまりでしたが、ジョン・ピールの Festive Fifty で、その年の 1 位 に選ばれています。派手なヒットではなかったのに、聴いた人の心に深く残った ── その手触りは、いまの私にもよく分かります。
果物と、回る独楽の映像から始まる、淡くて少し不思議な一曲。大きな展開はないのに、気づくと何度もリピートしている。私にとって、このアルバムへの入口は、いつもこの曲でした。
とはいえ、この一枚も曲単位でつまむより、通して聴く のがよく似合います。「Can't Be Sure」で心をつかまれたら、ぜひ頭に戻って、10 曲を通して流してみてください。アルバム全体が、ひとつの淡い水彩画のように続いていきます。
ネオアコの記憶は、いまも生きている
私の感覚では、この音は 80 年代後半のネオアコ の匂いを残しています。きらきらと鳴るギターと、まっすぐな歌。その質感は、時代を超えて受け継がれているように思います。
それを強く感じたのが、Pale Waves でした。彼らの 4 作目のアルバム 『Smitten』(2024 年)を聴いたとき、私は The Sundays を一瞬で思い出しました。ああ、あの音はまだ生きていたのだ、と素直にうれしくなりました。Pale Waves も、その先輩格の The 1975 も、同じマンチェスター/Dirty Hit の流れにいるバンドです。三十年以上前に The Sundays が鳴らした煌めきが、いまの若いバンドの中でちゃんと息をしている。そう思えるだけで、この古いデビュー盤が、また少し愛おしくなります。
『ミリオンダラーホテル』の空気
個人的な感想ですが、このアルバムの空気は、当時とても衝撃を受けた映画 『ミリオンダラーホテル』(2000 年。U2 のボノが原案を手がけた一本です)の雰囲気に、ぴたりと重なります。寂しさと美しさが同居した、あの感じ。U2 の作品も大好きなので、そのうちどこかで一枚、書くことになると思います。
音楽のレビューを書いていた頃の私は、好きなものを言葉にすることで、好きなものをもっと深く好きになっていました。いまこうして棚から一枚ずつ取り出して書いているのも、たぶん地続きです。針を落とせば、二十歳前後の自分が、あの透明な歌声と一緒に戻ってきます。
次に取り出す CD は、まだ決めていません。クローゼットを開けて、なんとなく目に止まった一枚を、また連れてきます。
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棚の CD シリーズ、第 10 回はこの一枚でした。
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