Cats and Dogs
blog 立ち上げ

Cats and Dogs という名前を、書く場所として持ってきた

このブログの名前は、私が 20 代の頃に組んでいたバンドから取っています。2011 年に自然消滅したバンドの名前を、15 年経って書く場所として持ち戻した経緯を書きました。

Cats and Dogs という名前を、書く場所として持ってきた

このブログの URL、catsanddogs.tokyo は、私が 20 代の頃に組んでいたバンドの名前から取っています。

2006 年か 2007 年に始まり、2011 年に最後のライブをやって、明確に解散したわけでもないまま、自然と消えていったバンドです。

15 年経って、それを今度は書く場所の名前として、もう一度持ち戻すことにしました。最初の記事として、その経緯を残しておきます。

大学に落ちた春に、音楽の専門学校へ

時計は 2003 年に巻き戻ります。 私は希望していた大学に落ち、音楽の専門学校と通信の短大に通うことになりました。

もともと音楽ビジネスに興味があったのと、敬愛していたプロデューサーがその専門学校で講師をしていたこと。その人のもとで学びたい、というのが進路を決めた理由でした。学科はビジネス。プレイヤーになるための学校ではありませんでした。

ただ、選択授業でギターを取ったことから、私の興味は横に広がっていきます。当時、専門学校には DTM の設備が一通り揃っていました。コンピュータと向き合いながら音を組み立てていく感覚に、すぐにのめり込みました。

ある日、DTM の先生に自作の曲を褒めていただきました。当時の私にはとても嬉しいことで、そのときの感覚は今もはっきり残っています。誰かに自分の作ったものを肯定される。それは、思っていた以上に背中を押してくれる体験だったのだと、振り返って思います。

DTM で作った曲を、自分の手で演奏して人前に出してみたい。そう思って、バンドを始めました。

4 人で組んだバンド

ドラムとギターは専門学校の友人。ベースは当時のバイト先の仲間。私はギターボーカル。4 ピースのロックバンドでした。

音楽の影響はそのまま当時の空気でした。Blur、Oasis、Radiohead、Travis、Coldplay。UK のブリットポップとオルタナティブ・ロックに、周りの友人ごと一緒にハマっていた頃です。あの並びを通ってきた方なら、だいたいの音の手触りは伝わるはずです。

Cats and Dogs という名前は、雨の曲から

バンド名は、ある一つの曲から付きました。

当時、私は Rain という、雨をテーマにした曲を作っていました。歌詞のために英語の表現を調べていたとき、"raining cats and dogs" という慣用句に出会います。直訳すると「猫と犬が降る雨」。意味するところは、土砂降り。

ふと、猫と犬のシルエットがあったらそのままバンドのロゴになるんじゃないかと思いました。発音も短くて呼びやすい。Rain という雨の曲から、バンド全体の名前にまで広がっていきました。

完成したロゴは、座る猫と立つ犬のシルエット。Cats and Dogs の頭文字を取って C.A.D. とも呼んでいました。

C.A.D. ロゴと、メンバー写真

渋谷/原宿/代々木で鳴らしていた 5 年

主な活動拠点は、渋谷 LA MAMA、原宿 ASTRO HALL、代々木 Zher the ZOO の 3 箇所でした。

ステージで演奏する 4 ピースバンドの様子

東京のインディーロックを支えてきたフロアです。あの頃の渋谷/原宿/代々木は、平日でも帰り道に流れ着けるライブハウスがいくつもあって、たくさんのバンドが鳴っていました。私たちもその中の一組でした。

2011 年、最後のライブ

最後のライブは 2011 年でした。

明確に「解散します」と宣言したわけではありません。私自身の熱量がだんだんと冷めていって、他のバンドのレコーディングのサポートに重心が移っていって、自然と Cats and Dogs としての活動はなくなっていきました。

実は、専門学校の頃から「自分は表に立つよりも、周りの音楽仲間をサポートする側にいたいのかもしれない」という感覚はありました。バンドを始めた動機は「自分の曲を披露したい」だったのに、続けるうちに、その軸が少しずつ移っていったのです。

正直に言えば、続けていく中で、少しずつ折れていくものもありました。

ライブハウスでバンドを続けるには、チケットノルマというものがあります。出演 1 本ごとに、自分たちで一定数のチケットを売らないといけない。だから、ライブが決まるたびに、知り合いに片っ端から連絡して、来てもらえるように頼んで回ります。来てくれるのはほんの一握りで、それが続くうちに、だんだん誰にも声をかけられなくなっていきました。「また誘って、断られたらどうしよう。誘うこと自体が迷惑だよね」と思うのです。傷つくのが怖くなって、何のために自分はこれをやっているのか、分からなくなる時間が長くなっていきました。

同じ頃、大学に進んだ同世代の友人たちは、卒業して、就職して、順風満帆に見える日々を歩み始めていました。その話が耳に入るたびに、私は何をしているんだろう、と自問していました。

心が途中で折れていったのだと、今は思います。

ただ、私の熱量が変わっていったことを、メンバーに対してきちんと言葉にしないまま、曖昧に終わらせてしまいました。

暗い地面に白い粉で書かれた「Cats And Dogs」の文字

プライベートの時間を Cats and Dogs に注いでくれた 3 人の仲間に、そして応援してくれた数少ないお客さんたちに、ありがとうと言えないままバンドが消えていったこと。これは今でも、私の中の小さな心残りになっています。

話したくなかった頃

バンド活動をやめてからしばらくの間、私は自分がバンドをやっていたという過去を、人にあまり話したくありませんでした。途中で折れた者の話を、わざわざ自分から持ち出すのが、どこか恥ずかしかったのだと思います。

同じ頃、音楽や芸能の活動を諦めずに続けていた友人たちのことを、ときどき遠くから眺めていました。続けるというのがどれだけ難しいか、自分が一度途中で降りたから、よく知っています。続けている友人たちのことを、私は本当に尊敬しています。

それから 15 年

15 年が経ちました。

バンドを始める少し前、20 歳の専門学校在学中から、私は今も勤めている IT 企業にアルバイトとして関わり始めていました。24 歳のときに正社員になり、気がつけば社歴は 20 年ほどになります。

Cats and Dogs のベースを弾いていた仲間も、そのバイト先で出会った友人です。今も同じ会社で、一緒に働いています。

バンドが終わってからは、あの頃ハマっていた DTM や音楽制作からは少しずつ離れて、コードを書くことに時間を使うようになりました。

家族にも恵まれて、毎日を幸せに暮らしています。多くを与えられている人生だな、と思います。

そんな今、ふと思ったのです。 与えられるばかりではなくて、私の側からも誰かに、少しでも何かを返せたらいい、と。

何を発信するか、と考えたとき、原点になっているこの名前が思い浮かびました。

心残りを、形を変えて返す場所として

ありがとうと言えないまま終わったバンドの名前を、もう一度持ち戻して、今度は書く場所の看板にする。

Cats and Dogs としては鳴らせなかったけれど、文章という違う形なら、私が経験して見えてきたものを、誰かのために残せるかもしれない。あの頃の心残りを、まったく違うやり方で形にし直す試みです。

このブログを始めることには、もう一つの意味もあります。長いこと「恥ずかしいから話したくない」と思っていた、途中で折れた自分とも、今度はちゃんと向き合うということです。

このブログでは、私が日々感じたことや思ったことを、型にはめず書いていく予定です。同世代の誰かにとって、何かの参考になったり、ふと立ち止まるきっかけになったりすればいいなと思っています。

あの頃、ロゴを描いていた自分には想像できなかった形で、Cats and Dogs はもう一度始まります。

ここから、よろしくお願いします。